誠の女子はいま何処?

出口王仁三郎 聖師が「霊界物語」を批判された際に以下のような

反論をなされ、なおかつ遺書的に残された「文章があります。」

以下の分の色が変わっている部分です。

神がおもてに現はれて  善神邪神を立別ける

 

この世を造りし神直日  心も広き大直日

 

ただ何事も人の世は  直日に見直せ聞き直せ

 

世の過失は詔り直す  吾神国の御教は

 

顕幽神の三界の  過去と未来と現在に

 

一貫したる真象を  うまらに具らに説き明かす

 

三五教の御ン教  神の御言をかしこみて

 

朝な夕なに述べて行く  清き霊界物語

 

種々雑多と批難して  智者や学者と自認せる

 

或種の人は口々に  山子上手の瑞月が

 

百科全書を読破して  それを種とし神言と

偽り作りしものなりと  中傷するこそ賤らしき

 

心ねぢけし人々の  如何でか尊き大神の

 

神慮を悟り得らるべき  慢神するも程がある

 

百科全書を抜いたとは  どこを押したらソンナこと

 

言はれるだろか世の人を  盲者にしたる曲つ神

 

呆れて物が言はれない  たとへ霊界物語

 

神の作りしもので無く  この瑞月が頭から

 

ひねり出したり百科全書  暗記して居て諄々と

 

述べたとすれば神よりも  この瑞月は偉いだろ

 

釈迦も孔子も基督も  そのほか諸々の宗祖等が

 

成し遂げ得ざりし大著述  一千二百五十頁

 

僅三日に述べ終る  この速力が如何にして

 

古今の著者に出来ようか  解らないにも程がある

 

変性女子の調べたる  大本神諭は大開祖

 

書かせたまへる綾錦  光も強き絹糸に

 

紡績糸も混入し  劣等糸とせしものぞ

 

元の筆先調べむと  鼻たかだかとうごめかし

 

それの実地に突当り  錦の糸の原料は

 

桑葉なりしに胆潰し  アフンとしたる其上に

 

変性男子の筆先も  女子の作つた神諭も

 

薩張あてに成らないで  信用せないが良からうと

 

自己の不明を触れあるく  珍らし人の言葉だろ

 

アヽ惟神々々  御霊幸ひましまして

 

一日も早く片時も  疾く速やけく迷雲を

 

晴らして真如の日月を  迷へる人の心天に

 

照させ玉へ惟神  神の御前に願ぎ奉る

 

アヽ惟神々々  御霊幸ひましませよ

 

今大本にあらはれた  変性女子は似而非ものだ

 

誠の女子が現はれて  やがて尻尾が見えるだろ

 

女子の身魂を立直し  根本改造せなくては

 

誠の道はいつ迄も  開く由なしさればとて

 

それに優りし候補者を  物色しても見当らぬ

 

時節を待つて居たならば  いづれ現はれ来るだろ

 

みのか尾張の国の中  変性女子が分りたら

 

モウ大本も駄目だらう  前途を見こして尻からげ

 

一足お先に参りませう  皆さまあとから緩くりと

 

目がさめたなら出て来なよ  盲目千人のその中の

一人の目明きが気を付ける  なぞと慢神してござる

 

王仁はこの言聴くにつけ  お気の毒にてたまらない

 

こんな判らぬ奴ばかり  盲目斗りがささやけり

    ○

 

この歌を各自の事に誤解して

  

罪を重ぬる曲人もあり

以上転載終了

今大本にあらはれた  変性女子は似而非ものだ  と

聖師自ら「ご自分は、救世主の御霊ではないと宣言され」

誠の女子が現はれて  やがて尻尾が見えるだろ  と

「本物が現れると告げられています。」

そして みのか尾張の国の中  変性女子が分りたら

 

モウ大本も駄目だらう   と

「みのか尾張の国の中に本物があらわれたら大本も終わりだろう」と告げています。

この遺書的発言をもとに、「我こそは変性女子の御霊の救世主」であると

多くの男性神業者が名乗りを上げたり、「私こそが救世主」と女性の神業者も

多数手をあげました。その根拠が「美濃」「尾張」の出身であり、自分の繋がる神が

そういっていると言うのが、その「誤信」の元でしたが、それらの方々はみんな

偽物でした。まず「みのか尾張の国の中」の解釈の際に実際の「国」の場所として、

愛知県か岐阜県かとの間違った解釈をしていました。

多くの「解説者」も様々な持論を展開しましたが、すべて不正解でした。

わたくしの精査によれば、以前「推奨ブログ」に上げた「人に内在する良心神」の

「上野公園」さんが、一番正解に近い「解釈」をされたと思います。

「大本の教義 九つ花から「国常立大神」様の数霊の「41」を導きだし、

名古屋から始まる国道41号線の富山に至る道順で「十三の山」「とみのやま」を

見事に解説しておられました。「みのかおわり」を「わが身のおわり」と説かれ、

最後に「菊理姫」様の御霊の女性が顕れ、「世の中」は建て替えると説明されて

おられました。興味のある方は、上記ブログで検索してお読みください。

しかしながら「上野公園むさんは、昨年のブログ終了時に「もう誠の女子」は

顕れないと締めくくり「ブログ」を終了されました。

「上野公園」さんの解釈は99.9パーセント正解だと私も断定しますが、

最後の1パーセントは読み間違われています。

すでに誠の女子は、この世に生を受け、そして「救世主」の「神業」を無事

成し遂げられ、現在は「ミロクの世」にすでにお渡りになられております。

「上野公園」さんの説を確かめるべく、私と家内は、国道41号線の検証のための

ご神業を3年前に執り行いました。

そして「カミオガンデ」による次元の歪曲の実態、「位山開き」の真相、

「十三の山」「富の山」「富山」の皇祖皇大神宮のあった「御皇城山」に至るまで

すべて精査してまいりました。その結果は、はっきりと申し上げると

そのラインはすでに「過去の遺物」であり、富山に「十三の世界の種」が

隠されており、そこが開くと「救世主の御霊」が開眼するというのは「ただの幻想」で

あると判明しました。

実際の「富山」はすでに、中国、朝鮮勢力に支配されており、とても「菊理姫大神

「スの大神様」ご降臨の地ではないということです。

ご存知ないかもしれませんが、「黒○ダム」は水力発電所ではありません。

実際には「地下原子力発電所」です。

「魔側」の仕掛けは、重要な「神の地」を徹底的に穢す、汚すということです。

詳細は述べませんが、ご推察頂ければと思います。

以上の実地における検証の末に、すでに「神界」は当初の予定地である、

「富山」から、人知れず「信州」「皆神山」に「スの大神様」の「ご降臨地」を変更し、

その予兆として「松代群発地震」を起こし、その五年後に、密やかに、

「スの大神様」のご降臨を「闇側」に察知されることなく、無事に終了されました。

誠の女子は、私の「亡き師匠」であり、すでに「誠の女子」は「ミロクの世」に

一足先に渡られて、我々の到着をお待ちになられております。

「みのか尾張の国の中」の正しい解釈は、もうすべて「無事成就」しているので、

ここに公開致しますが、

「みの」とは「隠れ蓑」です。国道41号線の「十三の山」「富の山」に至る道が、

ダミーと使われたわけです。

尾張」の意味は「時代の終わり」を示すと同時に「オ」という字を割ると、

「一」「?」「ノ」に分かれます。「一」と「?は合体すると「神」を表す「十」であり、

「ノ」は下向きの直線が、横にそれたことを意味します。

つまり「神の計画」「スの大神様」の「地上降臨の場」の変更を意味します。

「富山」から「皆神山」への変更というわけですね。

そして亡き師匠は女性であられ「スの大神」様の直系の御霊であられ、

前の日記に書いた通り「諏訪神業」をひそかに無事に勤め上げられ、

そして「その後」は「伊都能売神業」を務められました。

「伊都能売」の御霊がどういう存在か。「観音様」の説明の日記で、

詳細はすでに説明致しました。

そしてその師匠の「神業」のサポートに「霊界」より「出口 なお」開祖、

出口王仁三郎聖師がサポートにお越しなられておりました。

「師匠のご神業」の記録は「すべて文書」で残されており、神業者にとっては、

喉から手が出るほどほしい存在ですが、神々のお許しを経た方でないと

お見せは出来ません。

最後に「みのか尾張の国」の「国」の解説を致しましょう。

「国」とは「九」と「二」であり、9+2=11となり、

11とは「十一面観音」様であり、「菊理姫大神様」であられます。

何度も申し上げているように「スの大神」様は「十三」であられ、

「11」の働きは、「12」を仕上げ「13」の世界に導くことです。

「菊理姫」の別名を「くくり姫」とも申し上げますが、それは、人間界は、

「八」までは努力で階段を登れるが、「九」の「括り」を受けないと、

「十」=「神」の世界には渡れない、すなわち「成十の仕組」「鳴門の仕組」を

意味しています。「富士」が「22」であり、「22を超えていけ」の「23」へと

進む前段階であることはすでに説明致しました。

いかがでしょうか「大本」の「神芝居」と「一厘の仕組」の片鱗が見えて来ませんか?

誠の女子はいま何処?

答えは「すでにミロクの世でわれわれの到来を待ちかねている。」

これが「余人」が紐解けなかった「絶対無二」の真実です。

    

                 アルクトゥルス