後半変な(仏教と無理矢理こじつけてみる)思想話日記。 エドガー・アラン・ポーの「黒猫」は、こんなお話です。+猫を嫌いにならないで!と弁護してみる。

昔々あるところに、動物好きで沢山飼っている男が居ました。

一番のお気に入りはPLUTOという黒猫でした。

ある時から、男は酒に溺れるようになり

妻や動物達を虐待するようになりました。

黒猫も片目をえぐり取り、首吊りにして殺害してしまいました。

猫を虐殺した日、火事で家が焼け、焼け残った壁に、焼け跡が、怨念のように、首吊りになった猫の姿そっくりに、男の枕元の位置に、浮き出していました。

その後もDVしながらも、時々正気に戻って後悔の念に襲われる男は

入り浸っている酒場に現れた黒猫を連れ帰りました。

猫はPLUTOが生き返ってきたと見間違うほどそっくりで、首周りに、縄にかけられた跡のような模様がありました。

黒猫は日々、その姿で男を脅かし、ある時、地下室への階段を降りている途中で足に絡み付いたので、

男は階段を踏み外して落ちる所でした。

男は怒りで我を忘れ、斧を振り上げたが

斧は猫を庇った妻の脳天に打ち下ろされ、妻は絶命しました。

男は妻を壁に塗り込めて隠しましたが

壁の中に入り込んでいた黒猫の鳴き声で発見され

男は絞首刑となりました。

壁の中から、怨念のような黒い、猫は見ていました…。

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虐待されても、動物は人を呪ったりはしません。

「黒猫」の怖さは、猫の不気味な姿ではなく、語り手(主人公の男)自身の、アルコール依存症がきっかけでしてしまった悪いおこないにより、

人生が崩壊していく様子だと思っています。

健全な精神だったならば、火事になったとしても、黒猫が居たとしても、ホラーは成り立たなかったと思います。

酒に限らず、何かの依存症に陥る事の恐ろしさを、考えさせられます。

…はい。わたしもゲーム依存症です。すみません。

酒は飲めません。虐待してません。逆に虐待されます。

…虐待をするような精神に陥る事の恐ろしさを、考えさせられます。

「PLUTO」は冥王星だったら綺麗だし

プルウトオかプルートかプルトーと読む響きも可愛いですが

日本語に直す(意訳)と、「閻魔」と書いてありました。

…現世に現れた姿は「お地蔵さん」なのに…幼児期?はこんなに可愛いのに…(写真2)

地獄で再会する本来の姿だと…成長して大人になると?こんななっちゃうなんて!泣。(写真3)

「閻魔」或いは「お地蔵さん」について、思い出す機会や調べる機会あり

罪人を裁く(或いは、弁護士のような)存在の名と知ると、黒猫のストーリーは意味深です。

罪人は舌を抜かれる事に考え至ると

我が家に現れたPLUTOは鳴かなかった事(鳴かない猫に名付けた事)、

過去のわたし(堕落してしまった今のわたしも!?)は実家を離れ慣れない東京で、仕事を失い、話し相手(理解者)も無く、口(心)を閉ざし荒んでいた事も、意味深です。

都内には(実家の地域にも)現在ではもう、道端に身近にお地蔵さんの姿も、家の中に仏壇も無いですが

人間の心が求める物は過去から変わらないはず

人の心が投影されて現れる神仏や魔は、わたしの所には、猫(動物)に姿を変えて現れたのかもしれません。

中二病ですが

人形遣いが人形アリス」は、カルト新興宗教団体に脅かされていた頃の名、

「獣使いが使い魔アリス」は、野良猫に出会って癒しを貰い、その生き様(自由な様子)から、自分の道を探し歩もうとする思いに変化した名です。